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【海洋ジャーナリスト瀬戸内千代の「もっと知りたい!MSC」】

2019年12月にMSC漁業認証を取得したマルト水産のカキ漁業。前回に続き、岡山県邑久町(おくちょう)虫明(むしあげ)の海で育つカキを追いかけながら、今回は、MSC認証取得の経緯もレポートします。

前回の記事では、カキの種苗(しゅびょう)、いわゆる「種ガキ」が大切に育てられ、育成用のいかだに垂下されて、すくすくと成長するまでをご紹介しました。

今回は、収穫したカキを「むき身」にする様子を見せていただけるということで、邑久町漁協の組合長・松本さんのご案内で海辺にある作業小屋へ向かいました。小屋は何軒も連なっていて、どこも家族経営だそうです。

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作業小屋に向かうMSCのスタッフ


作業小屋の裏は、すぐ海。収穫したカキが、海水で洗われ、斜め上に伸びるベルトコンベヤーに載って船から直接、小屋の中へと運ばれる仕組みです。

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小屋にお邪魔すると、朝に収穫したばかりのカキが、うず高く積まれていました。その周りで、むき職人さんたちが、慣れた手付きでカキを殻から外しています。

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伊東淳さんが経営する作業小屋。ご両親と奥様、ベトナムからの3人の技能実習生、そして繁忙期に手伝ってくれるご近所の職人さん2人がカキ山を囲んで作業中でした


作業小屋の中は、笑顔や会話がこぼれる和気あいあいとした雰囲気。でも、収穫の最盛期なので、手元はずっとてきぱきと動いています。大切なカキの身を傷付けないように素早く貝柱を切り離しつつ、商品価値のないものは瞬時によける。流れるようなプロの技に見とれました。

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むきたて、ぷるっぷるのカキ


この小屋の主である伊東淳さんは、今回のMSC認証取得のために邑久町漁業協同組合内に作られた「MSC認証チーム」のサブリーダーでもあるそうです。
そんな伊東さんにMSC認証取得のご苦労を聞くと、「これまでのまま、ほとんど何も変えんでも認証が取れると聞いたから、それなら、と参加しました。いろいろ記録を取るのが、ちょっと手間なぐらいで。それも、これまで頭の中にあったことを書くだけだから、それほど大変でもない」というお答えでした。


組合長の掛け声に若手が集結

今回の認証を取得した主体は、株式会社マルト水産です。どのような経緯で、邑久町漁協とのコラボレーションが実現したのでしょうか。

マルト水産の副社長、花田恭孝さんは2017年の夏、取引先との会話で初めてMSC認証を知りました。1997年から続くMSC認証の世界的な知名度などに魅力を感じて、取得を目指すことに決めました。

花田さんは「私たちは仲買なので、漁業者との接点がありませんでしたが、MSC認証取得のためには漁業者との協力が大切なので、これを機に直接つながることができて良かったです。もっと仲間を増やし、この活動を広げていきたいです」と意気込みを語りました。

2018年2月、マルト水産の声掛けに邑久町漁協が応じました。早速、MSC認証に関する勉強会を開き、5月には予備審査を実現。この迅速な動きをリードしたのが、「聞いた話を僕のところで止めず、なんでも皆に伝えないと」という考えを持つ組合長、松本さんです。

さらに、組合長の掛け声にさっと集結した約20人の若手衆は、自分たちのカキ漁業が世界標準で評価されると知り、すぐさま「MSC認証チーム」を結成しました。

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邑久町漁協に結成された「MSC認証チーム」。松本さん作成の資料より


すでに持続可能な漁業をやっていても、それまでやってきたことを客観的に「証明」するのは容易ではありません。「漁師の勘を裏付ける科学」が必要です。

例えば、いかだの有無による生態系への影響を記録する必要があります。そこで、マルト水産はプロの潜水士に依頼して底質(泥)の状態を調査するなど準備を進めました。

2019年1月には早くも本審査入り。調査結果がまとめられ、同年3月には第三者機関の審査員が海外からも来訪し、分厚い資料を細かく検証しました。

この日、松本さんたちは漁協事務所の門前を掃除し、スーツで正装して臨んだそうです。邑久町漁協の皆さんの高い意識とチーム力に、多くの関係者が心を打たれたと聞きました。

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2019年3月の審査員現地訪問の様子。松本さん作成の資料より


こうして、多くの人々が力を合わせて、マルト水産は2019年12月にMSC認証を取得しました。本審査には通常12-18カ月かかるため、これは異例のスピードです。

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マルト水産を審査したのは第三者機関の一つ、Control Union Pesca社。MSC認証漁業のデータを見ることができる”Track a fishery”というウェブサイトのマルト水産のカキ漁業のページから、Assessments>Documentsと進むと、審査レポート(Public certification report)を見ることができます。英語のレポートですが、概要は日本語でも書かれています。マルト水産は、今後の認証継続の条件として、3年以内に生態系への影響調査、例えば、絶滅危惧種(スナメリやアカウミガメ)や底生生物に関する継続的な調査と記録を求められています


種ガキの育て方までしっかり管理

邑久町の海は潮の干満の差を利用して、抑制棚(連載その1参照)を設置できる場所が多いため、種ガキづくりに適しています。

それもあって、邑久町で水揚げされるカキの大部分が岡山県産の種ガキを使用しています。このことも、スピード取得に貢献しました。

MSCの規格では、元々そこにいるカキと遺伝的に大きく異なる種ガキを使用すると、外来種とみなされ認証の対象になりません。また、遺伝的な差異が少なくても他の場所からの持ち込みになると、移動する前の場所での生産方法や環境影響も審査する必要があります。その点、今回は岡山県産の種ガキを使用することで、審査が生産段階から一括で行われたこともスムーズに進んだ理由の一つです。

今は岡山県産の種ガキから育てられた邑久町のカキのみが認証されていますが、他県産の種ガキでも、遺伝的な影響が少なく、MSCの原則に則る持続可能な生産方法を証明できれば、MSC認証を取得することが可能です。そうなれば、マルト水産は、他県産の種ガキから育てたカキもMSC認証品として流通することができます。今回の認証は、さらなる発展の可能性を秘めた大きな一歩というわけです。

今のところは、邑久町のカキをMSC「海のエコラベル」付きで販売するためには、岡山県産の種ガキ(地種:じだね)を使用する必要があります。そのため、邑久町漁協のMSC認証チームは、「地種以外の種ガキを混ぜない」というルールを徹底して、いかだ単位で明確に識別しています。

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地種を100%使用しているいかだを識別するための管理表。松本さん作成の資料より

実は松本さんは、約20年前に40代で奥様の実家のカキ漁業を継ぐまで、地元の大手スーパーと取引する商社マンだったため、パソコンソフトの扱いはお手の物。組合長が自ら、デジタルデータ管理の仕組みを構築できたことも、スピード取得につながったようです。

この異色のキャリアを持つリーダーのもと、「まずは、できる人から」ということで、現在は邑久町漁協のカキ漁業者64人のうち、14人がMSC認証のカキ生産に参加しています。


トレーサビリティをしっかりと

今回訪問した邑久町漁協の皆さんのカキむきは毎日15時まで。時間になると、むき身になったカキは、すぐ横にあるセリ場に出荷されます。

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作業小屋の隣にあるセリ場。ここで、マルト水産のような仲買人たちが品定めをして、カキをセリ落としていきます。


MSC認証のカキの樽には「地種」と書かれた青いカードが入っていて、他と区別されています。

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「地種」の札入りの樽の中身は、すべて岡山産の種ガキから育てたカキ。松本さん作成の資料より


このようにトレーサビリティが確保されることで、邑久町のMSC認証カキは他と交ざることなくMSC「海のエコラベル」をつけて消費者の元に届きます。消費者がMSCラベルの付いた邑久町のカキを積極的に選ぶことで、持続可能なカキ漁業は今後も守られていくことになります。

松本さんは、「これからも若い方にカキ漁業に携わってもらいたい。いま二十歳の組合員の孫の代までも継承できるビジョンを持って、できる限り海を大事にしていかないといけません」と語ります。未来を見通す長期的な視点が、お話の端々から感じられました。


カキ殻も地域内で循環

地元産の「地種」から育てたカキ。その殻はどうなっているのかというと、これもしっかり地域内で処理されて商品に生まれ変わっていました。

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このように作業小屋から自動的に屋外に出された殻は、量がまとまると、トラックで運ばれます。

下の写真は、カキ殻の集積地のひとつ。海上で船から眺めたので小さく見えますが、左の手前に小さく写っているトラックや重機をご覧ください。かなり巨大です。さらに、これはほんの一部!

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集積所には、海路を通じて、瀬戸内海各地から次々と殻が集まってきます


広島、岡山、兵庫と全国屈指のカキ産地が集中し、国産カキの8割を生産する瀬戸内海で発生するカキ殻は相当な量なので、適当に放置すれば自然破壊につながりかねません。

これを一手に引き受け、価値ある資源として活用しているのが、卜部(うらべ)産業です。そして、この卜部の「卜」を丸で囲んだのが、マルト水産のロゴです。

つまり、1948年創業の卜部産業が先にあり、「殻だけでなく身も扱って」という漁業者の声に応えて1987年に誕生したのが、うらべグループのカキ専業企業「マルト水産」なのです。

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卜部産業はカルシウムやタンパク質、天然のミネラルを含む殻を集めて水洗い後、乾燥させて粉砕し、卵の殻が丈夫になる鳥の飼料や、農業用肥料を製造。農協を通して全国に流通しています。写真の小袋は肥料のサンプル。岡山県では、カキ殻肥料を使ったコメが「里海米」としてブランド化されています


カキ殻を化学肥料に頼らない農業に活用することで、瀬戸内海一帯のカキ漁業は、時代を先取りする「循環型産業」となっているわけです。

卜部産業の安定した経営を背景に、マルト水産にはアジア随一とも言われる立派なカキ加工の拠点があります。次回は、その工場と認証授与式の様子をお届けします!



              

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