
【海洋ジャーナリスト瀬戸内千代の「もっと知りたい!MSC」】
ちょうどカキが旬を迎える冬に、全国の8割ほどのカキを生産している瀬戸内海から朗報が届きました。株式会社マルト水産が2019年12月13日に、瀬戸内海のカキ漁業でMSC認証を取得したのです。「垂下式」のカキ漁としては世界初の快挙です。
今回、認証の対象となったのは、マルト水産の調達先の一つである邑久町(おくちょう)漁業協同組合(以下、邑久町漁協)のカキです。こちらの記事では、MSC認証取得を祝し、これから3回に分けて、現地の様子などをお届けします。
それでは早速、岡山県瀬戸内市邑久町の漁業現場からレポートします!
とても穏やかな「虫明」の海
邑久町は、播磨灘に面しています。東には日生(ひなせ)町、西には牛窓(うしまど)町と聞けば、位置がピンと来る方もいるかもしれません。瀬戸内海の多島美を望む美しい町です。

1月21日より東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県・岡山県の「イオン」「イオンスタイル」の54店舗で販売していた、MSC「海のエコラベル」付きの邑久町のカキ
既に各地のイオンなどで販売されたMSCラベル付きの邑久町のカキは、町内の「虫明」地区で生産されたものです。虫明は平安時代から続く地名で、「むしあげ」と読みます。地元の方は「むしゃーげ」とも呼ぶそうです。

丸で囲んだあたりが「虫明」。白い線が県境。ちょうど虫明と相生(あいおい)の中間が、忠臣蔵や塩で有名な赤穂(あこう)です ※マルト水産のパンフレットに赤丸などを追記
複数の川から豊かな栄養が流れ込む播磨灘は、西の広島湾に次ぐカキの名産地。特に虫明の海は、ご覧の通り、穏やかな瀬戸内海の中の、さらに島々に囲まれ守られたエリアです。
この極めて静穏な海域で、まずカキの赤ちゃんを育てます。「種苗(しゅびょう)づくり」という工程で、カキ漁業の、いわば序章です。
他所から買ってきた種苗で育て始める方法もありますが、種苗づくりに適した邑久町では、自前の種苗を使う漁業者さんが多いそうです。
そのため今回は、種苗づくり→育成→出荷→加工→販売までの一連の流れ※を見せていただくことができました。
※邑久町のカキは、種苗から一貫して邑久町で育成することでトレーサビリティがとりやすかったため、MSC認証取得までスムーズに進んだそうです(詳細は次回以降)。
ホタテの殻でカキの赤ちゃんを集める
虫明の海沿いに並ぶ、これはいったい何でしょう?

遠くから見ると、まるで作りたてのミンチ肉のよう!

近づいてみたら、ロープに固定されて連なるホタテの貝殻でした。プランクトンとして海の中を漂っているカキの赤ちゃんたちを効率よく集めるので、「コレクター」と呼ばれています。
集めるといっても餌は不要。夏になると、カキが産卵して、いかだの周りが白濁します。その頃に、空のいかだにコレクターを付けて海に出します。
そうすれば、受精卵から孵化した幼生が、自らセメント質の物質を分泌してくっつきます。生後まもなく固着生活に入るカキたちの本能です。
カキ漁業者にとって、「良い種(カキの赤ちゃん)を採ることは、非常に重要な仕事」とのこと。海の中の産卵の状況がメールで送信されるサービスが既にあり、各自がタイミングを見計らって、採苗(さいびょう)※用のいかだを出します。
※カキの赤ちゃん(種:たね)を集める作業のこと。
カキの赤ちゃんが付いたら、少し干す、再び海に入れる、また干す、という作業を繰り返して、コレクターへの定着を促します。揺れる船やいかだで重たいものを運ぶ、暑い夏の大変な作業です。

浅瀬に並ぶ抑制棚
十分な量のカキの赤ちゃんが定着したら、採苗は完了。今度は、コレクターをあまり条件が良くない海域に設置した「抑制棚(よくせいだな)」に移します。
抑制棚を、干潮時は干上がり、満潮時だけ海水に沈み餌を食べられるという環境に置くことで、カキに適度な負荷をかけていきます。この育苗(いくびょう)と呼ぶ工程によって、抑制棚には、強い種苗が残ります。
下の図の、左下の3つがコレクター(ホタテの貝殻)で、その上の小さな粒々が、カキの赤ちゃんです。競い合って大きく育ち、やがてホタテの貝殻を覆い隠します。

「マガキの生活史」。カキ資料館の展示より
量から質への転換
こちらが、今回MSC認証を取得したカキを生産している邑久町漁協の事務所です。MSC「海のエコラベル」が入った大きな特製看板が掲げられ、たくさんの青いのぼりがたなびいていました!

のぼりを70本も用意したと聞いて、邑久町漁協の皆さんの思いに胸が熱くなりました
ここまでの種苗づくりの話を含め、今回いろいろと教えてくださったのが、64人のカキ漁業者※が所属する同漁協の組合長である、松本正樹さんです。
※うち14人が現在、今回MSC認証を取得したカキを育てていらっしゃいます(詳細は次回以降)。

何でも気さくに明快に説明してくださった松本組合長。2日間にわたる取材へのご協力を、ありがとうございました!
邑久町漁協の隣には「カキ資料館(虫明曙会館)」があり、邑久町のカキ漁業の歴史を伝える漁具や、貴重な昔の写真が飾ってあります。

邑久町漁協の旧事務所を改修した「カキ資料館(虫明曙会館)」

これは、カキ漁最盛期(昭和50年頃)の虫明の写真です。3000台以上のカキいかだがひしめいています。しかし徐々に育ちが悪くなり、いかだを減らしたそうです。
こうして「量より質」に転換した現在の邑久町のカキいかだは1300台程度。年間約1500トンを出荷しているそうです。

現在の虫明の様子。数十年前の写真よりも、海面に余裕があります
コレクターで大切に育てられた種苗は、4~5月になると、上の写真のような本垂下(ほんすいか)用のいかだに移されます。

本垂下用のいかだに移す作業の映像。ホタテの貝殻は、ロープのよりを戻した所に挟んであります。すべて、漁業者さんたちの手作業だそうです。邑久町の漁法では、まめ管(ロープに通すプラスチックの筒)は使われていませんでした ※マルト水産が制作した映像より
カキの育て方は、カゴに入れたり、海底にまいたり、垂下したり、地域によって異なります。同じ垂下式でも、ASC認証を取得した宮城県南三陸町(戸倉)のカキは「ぶい」に垂下しますが、ここ岡山県邑久町(虫明)のカキは、「いかだ」に垂下するわけです。
邑久町のカキ漁業者は、海水データやカキの様子を観察しながら、自分のいかだを、より条件が良い海域に移動しながらカキを育てていきます。取材日は、多くのいかだが沖に出されていました。

湖のように静かな瀬戸内海
「いかだ1枚を船2台で引いて、歩くより遅いスピードで片道2、3時間かけて、潮通りの良い沖へ出すわけです。複数のいかだを管理しているので、それを何往復かします」と松本さん。
海の中にカキを吊り下げておく「垂下式」ですが、ただ放置しているわけではなく、想像以上に手間がかかっていました。
松本さんは、海水温が変わったこと、大きな台風が長く居座るようになったことなど、近年の気候変化の影響も出ていると言います。また、原因不明のへい死※も悩みの種で、2018は前年の3割しか収穫できなかった所もあったそうです。
※へい死:養殖で育てていた貝や魚が死んでしまうこと
公平を期すため、いかだの設置場所はくじ引きで決めているそうで、「くじ運もありますよね」と松本さん。
細々と世話を焼いても基本的には自然に委ねるしかないカキ漁業には、いろいろとご苦労があることを知りました。
組合長のカキいかだを訪問
邑久町産の種苗から育てている最中のカキを特別に見せていだけるということで、松本さんのカキいかだに案内していただきました。
近くに船を固定すると……。

松本さんは、陸続きのように、揺れるいかだの上をすたすたと歩き始めました。かなり大きな隙間から底が見えない海の色がのぞいていますが、お構いなし!

竹は、多少の波がきても適度に「しなる」から良いのだとか。いかだは傷んだ竹を入れ替えつつ、手入れして5年ほど使い続けます。現在、使い終わった後のいかだを、チップにして回収業者さんに引き取ってもらうための計画を進めているそうです

息の合った松本夫妻の共同作業。奥様も、もともと家業がカキ漁業だったそうで、常にご一緒に作業されているそうです
昔は人力だったそうですが、今は、船にクレーンが付いています。
クレーンの先にフックを取り付けて、ねらったロープを一本だけひっかけて持ち上げると、収穫前の、まだ成長中のカキたちが登場しました。(収穫時の写真は、後ほどご紹介します!)

(マルト水産さんご提供写真)

一本だけ吊り上げたロープ。ホヤなど、いろいろな付着生物が一つのロープに共生しています。海が豊かな証拠です。餌(プランクトンや海水中の栄養分など)がカキに行きわたるように、付き過ぎた生き物はときどき取り除くそうです。
収穫の時には、カキがどっさりついたロープを何本も吊り上げます。ロープは2つの機械式ローラーの間に通し、しごくようにして、カキを甲板に落としていくそうです。

吊り上げたロープを、収穫時のデモンストレーションとして、ローラーに通してくださいました。
海藻やら生き物やら、たくさん付着したにぎやかな見た目の殻でしたが、開けると、おなじみのぷるんとしたカキの身が現れました。これは、本垂下から半年程度のカキだそうです。

邑久町・虫明が位置する瀬戸内海の東方、小豆島や淡路島に囲まれた播磨灘(はりまなだ)には、揖保川(いぼがわ)と千種川(ちぐさがわ)から、上流の広葉樹の森のミネラルが注ぎ込んでいます。この陸の豊かな自然が、播磨灘に垂下されたカキの成長を支えます。
育ったカキは、大きくなった順に、いかだ単位で収穫されます。実際の収穫時の写真を、邑久町漁協さんがご提供くださいました。どっさりと連なるカキは壮観です!


ホタテの殻に付いた小さなカキが、餌を与えない海中で、ここまで立派に育つなんて。改めて、海への感謝が湧き起こります。
虫明の見事な曙をブランドに
カキは海水中に増え過ぎた有機物を食べてくれます。そして、海を浄化しながら育ったカキは、私たちの栄養源になります。
そんな素晴らしいカキを効率よく増やして収穫する方法を邑久町に持ち込んだのは、町の小学校の先生だった猪又(いのまた)俊雄でした。

カキ資料館の展示
水産学校出身の猪又俊雄は、昭和8年(1933年)に30歳で亡くなる駆け足の人生の中で、カキ漁の普及を熱心にリードした邑久町の偉人。その功績は、今も大切に語り継がれています。

今も邑久町漁協の皆さんから尊敬されている「猪又俊雄先生」の顕彰碑
邑久町の本格的なカキ漁は戦後に始まり、その歴史は広島ほど古くありませんが、先人の志を引き継いだ町の人々の努力で、「曙(あけぼの)かき」は名の通るブランド牡蠣になりました。

当時の商品パッケージ
カキ資料館の別名も、虫明「曙」会館と、曙が付いています。その由来は、風光明媚な瀬戸に浮かぶ朝日の見事さ。
そう伺って、翌朝、見晴らしの良い所(MSC漁業認証授与式の会場だった「岡山いこいの村」の屋上)で日の出を待ちました。
あいにく雲が多く、丸い姿は現れませんでしたが、かなり太陽が昇ってから海面にぼうっと朝日が映り込みました。曙の色が、うっすらとカキいかだを染め上げ、夢のような光景でした。

晴れた日の虫明の曙も、カキ資料館の冊子の表紙で見ることができました。

「曙かき」から「虫明かき」に改名された今も、ブランドのロゴは、当時と同じ海から昇る朝日のデザインを踏襲しています
次回も、MSC認証を取得した邑久町の虫明カキについてレポートします。















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