【海洋ジャーナリスト瀬戸内千代の「もっと知りたい!MSC」】

まだまだ先と思っていた2020年まで、あと14カ月となりました。2020年は東京オリンピック・パラリンピックの開催年。さらに、パリ協定の全締約国による温室効果ガス長期低排出発展戦略がスタートする年。大きな節目です。

9月下旬に朝日新聞社が3日間の「朝日地球会議2018」を開催しました。その最終日、「ポスト2020年に目指す持続可能な社会」と題したパネル討論に、MSC日本事務所プログラムディレクターの石井幸造さん登壇しました

会場は帝国ホテル。一緒に登壇したのは、三菱総合研究所理事長・元東京大学総長の小宮山宏さんと、佐久専務取締役・南三陸森林管理協議会事務局長の佐藤太一さん。進行は朝日新聞科学医療部の神田明美記者です。
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「11年前にMSC日本事務所が開設された時から代表を……」と紹介されてモニターに大映しにになった石井さん

まず神田さんが、「東京五輪は、準備段階から運営計画にSDGsを盛り込む、夏の五輪としては初の『SDGs五輪』です」と切り出し、小宮山さんにマイクを渡しました。


キーワードは「飽和」

東京オリパラの組織委員会で「街づくり・持続可能性委員会」の委員長を務める小宮山さんが見据えるSDGs達成後の世界とは。それを考える際のキーワードは「飽和」です。先進国には物があふれ、2050年頃には世界中が飽和の時代に入るというのです。

「物質的な充足だけでなく、質的な豊かさがなければいけません。人は、自由と多様性が活力の源泉です。つまり、持続社会とは、地球が持続可能で、人が自己実現可能であるような社会です。それを私たちはプラチナ社会と呼んでいます」(小宮山さん)

そして、自然共生社会は質的な豊かさの象徴ということで、河川の浄化でホタルが群舞するようになった静岡県の三島市や、13の市町が協力して森林資源活用のための会社を立ち上げた福島県の会津地方の例を挙げました。

東京の河川もきれいになり、先進国の都市としては珍しく、全ての川にアユが遡上しているとのこと。小宮山さんは、オリパラのサイドイベントとして、東京で鮎釣りをするプランを語りました。

さらに、
  • 先進国は壊しては作る定常状態に入り、金属資源はリサイクルで得られる(都市鉱山)
  • 国内の資源を再利用して活用すれば、輸入総額50兆円を地方財政に充てられる
  • 2017年のデータでは再生可能エネルギーが最安(原子力の3分の1のコスト)
  • 2017年の新設発電所の3分の2が再生可能エネルギーの発電所だった
といった事例を並べ、「ですから希望はあるんです。地球の持続に関しては極めて合理的な答えがある」と力強く述べました。

「1964年の東京五輪のレガシーは首都高や東名高速、新幹線など、途上国の日本が必要としたハードだから、作れば残った。だけど今回作ろうとしている持続社会に求められるのは、むしろ人々の心や制度やビジネスのラインといった無形のインフラです」(小宮山さん)

ここで、制度の話が出てきました。そろそろ水産認証制度の石井さんの登場です!


持続可能な水産物とは

東京オリパラの組織委員会が調達基準を定めたのは、木材、農産物、畜産物、水産物、紙、パーム油という6分野です。神田さんは、「これらに基準がつくられた背景には、持続可能性に問題があるものが使われてきた現状がある」と指摘しました。確かに水産物は問題含みです。

石井さんは、「ニホンウナギや太平洋クロマグロといった特定の魚種だけでなく、今は世界全体で水産資源が危機的な状況にあります」と話し始めました。

 以下、水産資源の現状について、石井さんの解説です。
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上の図の左のグラフは、国連食料農業機関(FAO)が発表した世界の水産物の生産量。魚を極限まで獲ってしまっていることを表しています。オレンジ色が天然、青色が養殖で、両方合わせると右肩上がりに増加しているけれど、天然は1980年代後半以降、頭打ちです。

右の円グラフは同じくFAOによる、世界の水産資源の状態です。資源として大丈夫なのは7%しかなく、獲り過ぎが33%。この「大丈夫」の数字は年々減り、「獲り過ぎ」の数字は年々増えています。つまり、悪化しています。
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日本の水産資源だけで見ても良い状態とは言えません。上の図の左の円グラフは、水産庁が毎年発表している主要50魚種に関する資源評価。資源がまだ高いレベルにあるのは16%だけで、低いレベルにあるのが50%近くもあります。

右のグラフは平成18年と28年の主要な魚種の漁獲量。これを見ても、ほとんどの魚種で10年前(青色)より減っています。


エコラベルとシーフードガイド

この解決のために求められているのが、しっかり管理された持続可能な漁業で獲られた水産物をマーケット側が調達できるような仕組みです。
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写真左下にある青地に白い魚のマークがMSCのロゴ。その並びは特定の国や地域で展開されているアラスカやアイスランドの水産エコラベルです。これらは、FAOが定めた「責任ある漁業のための行動規範」や「水産物の認証制度のためのガイドライン」に準拠しています。

右は、資料状態によるシーフードのレーティングです。食べていい魚、食べない方がいい魚を、色で分けて示してあり、消費者は、これを参考に買い物します。右上が英国の海洋保全学会のもの、右下が米国のモントレー水族館のものです。

水産認証は、
  1. 消費者が水産エコラベル付き商品を選ぶ
  2. 持続可能な水産物の需要が拡大(漁業者へのインセンティブ)
  3. 持続可能な漁業に向けた取り組みを進める漁業者が増える
という良い循環を目指す制度です。石井さんは、「小売企業やレストランなどが参加してくれないと消費者に認証品が届かない」と強調しました。ここが普及の肝ということ。

そもそも持続可能な漁業って?というあたりは、リニューアルされたMSC公式サイトの3原則の解説をご参照ください。 


オリンピックと持続可能な水産物

ここから五輪の話です。MSCが正式に採用されたのは、2012年のロンドン大会から。
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ロンドン大会では、前出のFAOの行動規範を満たす水産物ということで、MSC認証品と前出の英国の海洋保全学会のガイドで推奨されている水産物が使われました。

2016年のリオ大会では、事前にMSCとASCを優先的に出していくという覚書を組織委員会と締結し、100%を目指しました。結果として、選手村とメディアセンターで提供された水産物の約75%が認証品でした。

神田さんから「2020年の東京大会に向けた動きは?」と聞かれ、石井さんは、「去年あたりから関心が非常に高まっていると感じています。なかなか昔は会ってくれなかった大企業のほうから事務所に来ていただけた時などに動きを実感しますね」と話しました。

具体的には、MSC認証の予備審査を受ける漁業や、認証品の流通や加工に必要なCoC認証を取得する企業が急激に増えているとのこと。CoC認証は、国内186社になり、この1年間で50社増えているそうです。

「オリパラは一つのきっかけです。SDG14『海の豊かさを守ろう』への貢献につながるということ、日本の漁業者や企業がようやく水産資源の持続性に危機意識を持ち始めたこと、そういったことが同時にあって、関心が非常に高まっています」(石井さん)

ここで神田さんが、ロンドン大会後の英国でのMSCの広がりについて、石井さんにたずねました。

「英国では小売店は比較的早い時期から持続可能な水産物を扱っていましたが、調達先が小売店と異なる小口の(扱う量が少ない)レストランやホテルでは進んでいなかったんです。でもロンドン大会を機に、レストランやホテルの調達先である問屋が認証を取ったことで、従来のマーケットとは違う外食方面にもMSCが広がりました」(石井さん)

最近は、英国で有名な「フィッシュアンドチップス」を売る複数の個人経営レストランがグループを作り、みんなで認証を取得する動きもあるそうです。

「シェフが、お食事に来られた方に、どういうものを使っているか説明してくれるので、自分で買い物するのとはまた違った形で消費者に取り組みが伝わります。これが、オリンピックを機に英国に広がった動きです」(石井さん)


認証を復興に活用

認証つながりで、宮城県南三陸町で林業を営む佐藤さんからは、FSC認証の話が出ました。

南三陸町は、東日本大震災の津波で7割の世帯が流失した町。壮絶な被災経験を乗り越え、民間主導の持続可能なまちづくりが進んでいます。

「南三陸町は町境の8割が分水嶺と一致していて、町内に降った雨は全て志津川湾に注ぎます。山、里、海がつながって、流域が町内で完結している町なんです」

そんな立地を生かし、南三陸町では、山ではFSC認証、海ではカキ養殖がASC認証を取得しました。佐藤さんのように地元の自然資源と一次産業を見つめ直し「課題先進地だけど、チャレンジできることもいっぱいある」と前を向いて進んだ人たちの力です。

「世界的に、山を壊す林業は住民の生活をおびやかします。そういう木材が、残念ながら日本には入ってきています。でも違法木材も、市場に出てしまえば見分けが付きません。見分けるためにラベリングするわけです。国内でも、手入れされず真っ暗になった放置林が全国で増えていて、山の機能が落ちています。いろいろなことに配慮しつつも木を使っていくことが重要です」(佐藤さん)

再建した庁舎や商店街にもFSC認証材を使ったことで、新たな流通経路が生まれたり、コミュニケーションツールとして活用する企業との交流が始まったり、さまざまな効果があったそうです。

「私たちは持続可能なまちづくりをする上で、足元から正しい林業、客観的に見ても正しい林業をやりたい!という思いでFSCを取得しました」という清々しい言葉が印象的でした。
 

海洋プラスチック問題とポスト2020年

終盤に、神田さんが「使い捨てプラスチックを東京五輪で限りなく減らさないと非常に恥ずかしいことになるのでは」と発言。

これを受けて小宮山さんは、「プラスチックは大きく分けると用途が2つある。1つは自動車のバンパーや水道管や窓枠など、ほぼ100%回収してリサイクルできるもの。もう1つは消費者が使うレジ袋やストローなど、いくら協力しても外に流れ、たいてい海に出てしまうもの。私は最終的には、必ずしも回収できない消費者が使うものは紙や生分解性プラスチックにするのが良いと思う」と述べました。

東京五輪の段階では、できるだけ100%回収を目指すそうです。「日本ならできる」というのが小宮山さんの見解で、「オリパラでこれをやれたら、非常に良いキラーコンテンツになる」と期待を述べました。

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では最後に、ポスト2020年への大きなうねりが生まれることを願って、石井さんのまとめの言葉を丸ごと共有します!

「水産物に関して言うと、この機会を逃すと、もう次はないと思うんですよね。今、取り組みを始めれば間に合うのですが、次の機会というのは、もう本当に水産物がなくなるぞ、という、そういう時なんじゃないかなと思います。ぜひこの機会を活用して持続可能な水産物を広げていきたいと思っています。日本企業の方とお話ししていると、消費者の認知が高まらないと取り組みを始めないと言うところが多いのですが、それを待っていると、たぶん間に合わないと思うんですね。うちの家族なんかもようやく最近になって私がどういうことをやっているか分かったぐらいなので、それでは間に合わない(会場に笑い)。やっぱり企業が先導して消費者を啓蒙し、それで消費者の方が理解を深めていくという、そういう流れを作っていく必要があると思いますし、幸い日本でも取り組みを先行する企業が出てきているので、こうした企業に続くところが出てくることを期待しています」

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瀬戸内 千代 (せとうち・ちよ)
海洋ジャーナリスト。雑誌「オルタナ」編集委員、ウェブマガジン「greenz」シニアライター。1997年筑波大学生物学類卒業後、理科実験器具メーカー、出版社等を経て2007年に独立。東京都市大学環境学部編著『BLUE
EARTH COLLEGE ようこそ、「地球経済大学」へ。』(2015年、東急エージェンシー)、笹川平和財団海洋政策研究所編『海洋白書2018』の編集に協力。任意団体「海の生き物を守る会」、特定非営利活動法人OWSなど海のNPOの機関誌編集も継続中。趣味は旅と磯遊び。