【海洋ジャーナリスト瀬戸内千代の「もっと知りたい!MSC」】

先日、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所が専門講座「水産資源の持続可能なサプライチェーン~2020東京五輪に向けた日本社会の課題」を開催しました。

五輪を機に日本の水産物をどのようにサステナブルにしていくかを多彩な講師が話し合い、MSC日本事務所のプログラムディレクター・石井幸造さんも登壇しました。

水産エコラベルの話を中心に、印象に残った言葉をレポートします。

サステナブルでトレーサブルな水産物への「長い旅」

まず登壇したのはMEL(一般社団法人マリン・エコラベル・ジャパン協議会)の垣添直也会長。大日本水産会のエコラベル制度「MEL(メル)」は、MSC日本事務所と同じ2007年に誕生しました。

「東京五輪が決定して、今のままでは日本は遅れてしまうということで、2016年に政府から水産エコラベルの改革を要請されました。有識者会議を開き、MSCを含め海外の先進事例を研究して、やはり国際標準で世界に通用する仕組みをつくろうと決めたわけです」

こうして2016年末に、垣添さんが会長を務める一般社団法人MELが設立されました。

1970年代から続けられている環境保全や、自然保護と産業との共存に対する人類の英知の結晶が『水産エコラベル』であると考えて間違いないと思います」
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会場からの質問に答えて垣添さんは、「今は旧制度の認証先をそのまま引き継いでいるけれど、MELを国際基準に高めたら、基準から外れるものは排除していく」と明言しました

1972年の第1回国連人間環境会議を皮切りに徐々に環境意識が高まり、世界は20世紀の終わりにようやく、管理された漁業の入り口に立ちました。2006年にはイオンがMSCを導入、その翌年には石井さんがMSC日本事務所を立ち上げました(設立エピソードはこちら)。

1999年から2013年までニッスイ(日本水産)の社長を務めた垣添さんも、2006年頃に、サステイナビリティとトレーサビリティへ舵を切ろうとしたそうです。しかし、当時の社内の反応はイマイチ。

それから10年が経ち、大きな船が舳先をゆっくりと方向転換するように、ニッスイは2016年に「海洋管理のための水産事業」を宣言しました。今では、自社の方針にも「水産資源の持続的利用と地球環境の保全」を掲げています。

「なんでもだいたい10年はかかる。サステナブルや環境保全というのは、長い旅なのです

漁業の人権問題は日本にとって新しいテーマ

日本は、IUU(違法・無報告・無規制)漁業の防止に役立つ寄港国措置協定に、今年6月に加盟。今や生産量と輸入量が拮抗するほど水産物輸入大国になった日本にとって、IUU漁業は見過ごせない問題です。

タイの漁船に乗って調査をしたジェトロ・アジア経済研究所の坪田建明さんによると、残念ながら漁業における人身取引や強制労働は今も続いています。

長期間の漁には逃げ場がありません。酷使され監禁状態にされて亡くなった人が海に投げられたというショッキングな報告もあるそうです。

空間的な束縛だけでなく、前払いで大金を受け取って「借金」を負わされたり、満期後のボーナスに期待させられたり、心理的にも強制労働から抜けられない状況がつくられていくのだとか。
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坪田建明さん

IUU漁船で獲られた雑魚の一部は家畜の飼料や養殖魚の餌になるそう。店舗や消費者など末端までトレーサビリティを徹底してもらわないと、買い物を通して私たちもIUU漁業に加担してしまいます。

東京五輪の水産物調達コードにも「作業者の労働安全を確保」と書き込まれましたが、ジェトロ・アジア経済研究所の山田美和さんによると、「日本にとって一番新しいのは、この人権や労働の分野」。適切に運用されていくかどうかが課題だと言います。
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パネルディスカッションの様子。左からモデレーターの佐藤さん(ジェトロ)、国連大学のイヴォーンさん、イオンの山本さん、MSCの石井さん、ジェトロの山田さん

山田さんはお話の中で、「3すくみ」という興味深いキーワードを挙げました。

「企業は消費者の要請待ち、あるいは政府の規制待ち。政府は企業の活動を狭めるような規制はしたくない。そして消費者は商品の情報開示が無いと言う。私たちはこれを3すくみと呼んでいますが、だから、なかなか前に進みません。今回のオリンピックが、非常に大きな契機になると信じています」

MSCの「海のエコラベル」も、消費者と小売業者と漁業者が、それぞれ相手の動きを待っていたら、なかなか普及しません。そういう意味では、先陣を切ったイオンや生協などの決断に、改めて拍手です!

イオンのMSC導入に長年関わってこられた、イオンリテール・グループ商品戦略統括部の山本泰幸さんは、「今ではMSC認証・ASC認証といえば、数十億円単位の売り上げがある商材。MSCやWWFとのイベントの効果もあり、(水産物エコラベルの取り組みが)教科書の副教材や、私立中学の入試問題に載るなど、意外と若い子ども世代の認知度が高いんです」と未来に期待を込めます。

イオンは2020年までに、全チェーン1500店舗でMSC-CoC認証※を取得予定です。すでにイオンモールやマックスバリュなど全国1150店舗でMSCの「海のエコラベル」付き商品を扱えるそうです。

※MSC-CoC認証制度:非認証の水産物の混入を防ぐため、製品がたどってきた経路をさかのぼれるトレーサビリティを確保する仕組み

日本漁業に歩み寄る国際認証

国連大学サステイナビリティ高等研究所のイヴォーン・ユーさんは、日本に11年も住んでいます。日本の消費者にはウナギなどが減ったと聞くと「食べておかなくちゃ」と思ってしまう「閉店セール心理」があるという話で、会場をわかせました。

また、日本の店頭で見る水産物は、いろいろなシールが貼ってあって、認証ラベルとブランド化の区別がよく分からないとのこと。確かに。納得のご意見です。
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イヴォーンさん。「海の生き物のほとんどは沿岸で育つ。沿岸は魚のゆりかご」と、里海の大切さを説きました

ラベルの分かりにくさに関連して、フェアトレードの研究をしているジェトロ・アジア経済研究所の佐藤寛さんは、「認証ラベルを取得するコストを消費者あるいは小売業者が忌避すると、『なんちゃってスタンダード』が出てくる。消費者の目に触れる機会が増えるので広報効果はありますが、エコラベルが乱立することによって、スタンダードが劣化します」と語りました。

そして、佐藤さんにスタンダードの信頼性に関して問われたMSCの石井さんは、「MSCはもともとFAOのガイドラインがベース。最近、(客観性を担保するため)認証制度にお墨付きを出すGSSI(グローバル・サステナブル・シーフード・イニシアティブ)という機関の承認を得ました」と回答。
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このGSSIは、垣添さんの話でも出てきました。国際標準化を決めたMELも現在、GSSIによる承認を目指しているそうです。

ただ、シンガポール出身のイヴォーンさんが指摘した通り、アジアや太平洋諸島の漁業は、欧州や米国などの漁業とは少し違います。魚種の多様性が高く、漁港が多く、小規模な生業(なりわい)であり、漁獲量や漁法より生態系や生息場所を重視する傾向があります。

イヴォーンさんによると、日本の漁師の約85%が沿岸漁業者で、その約9割が個人経営。海面養殖業と沿岸漁業の生産量は、日本漁業の総生産量の約半分を占めます。

そのため、MELの垣添さんは、「日本の水産業の特徴である多様性を、どう国際基準に合わせていくか」が当面の課題だと語りました。

MSCの石井さんも、「MSCでも多魚種を獲る漁業をどう扱うか議論を進めているところ。アジアで食用になっている海藻についても今、ASCと新たな審査規準をつくっています。可能な限り対応しようと、常に改善を続けているところです」と述べました。

五輪のレガシーづくりはまだ間に合う

先立つロンドンもリオも、五輪を機にサステナブルな生産と消費を社会に根付かせる努力をしました。それらは、大会が終わっても残っていく五輪の「レガシー(遺産)」になります。

MSC認証を取得済みの日本の漁業は現在3件ですが、水産業の五輪レガシーづくりは間に合うのでしょうか。モデレーター(佐藤さん)から問われ、石井さんはCoC認証の伸びを根拠に前向きな回答をしました。

MSC-CoC認証の取得件数は世界で4000件近く(グラフ参照)。日本でも127社にもなり、確実な広がりを見せています。
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ⓒMSC

「リオの時は直前までケータリング会社や出すメニューなどがなかなか決まりませんでした。その点、東京はメニューの議論も始まっているので、スケジュール的には遅れていません」(石井さん)

イオンの山本さんも「遅れてはいないと思う」と見解を述べました。ただ、「水産国として拡大するには、時間が意外とない気がする」とのこと。石井さんも「どういう魚を扱うか、調達コードの中身を決めるのは、これから」と言います。

東京五輪開催まで、あと3年弱。期待と希望を込めて、最後にイヴォーンさんの明るいコメントをご紹介して終わります。

「東京五輪で世界が日本に注目します。国民にとっても自分たちの持っている価値やいいモノを整理して次に伝えていくきっかけになります。国際的な基準に合わせるのはハードルも高いし工夫も必要ですが、そのプロセスの中で自分たちの良さも認識できる機会になると思います」

               

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